IKEDA WATER から、WaterLinkへ 池田一

IKEDA WATER から、WaterLinkへ
池田一

 水の年令が気になる。あと余命いくばくあるのだろうか? 相模湖の湖底からボコボコッと噴き上がる曝気に、喘ぎを感じる。昭和21年に造られた、日本でもっとも古い多目的ダムのひとつであるから、水に老いを見る。年々湖底に土砂が堆積し、ヘドロ化して、人工呼吸器のような曝気装置を何機も使用しなければならなくなった。2002年から、湖畔に建つ相模湖交流センター主催で、私の個展が連続して開かれた時の、強い印象である。

 それから、5年が経った。WaterLinkのシンポジウムに参加するために、久しぶりに相模湖を訪れることになった。「お〜い、若返ったか!」と、相模湖水に語りかける。休日のせいか、幾分人の賑わいはあるが、水の老いは変わりそうもない。水を抽象的にとらえて語りがちだが、実はそれぞれの場所の環境で培われた、固有の生命体である。2002年の、相模湖交流センターでの個展「水の家—最初の晩餐 The First Supper for Water Senders」では、相模湖水という生き物に立ち向うために、12人の人たちにインタビューした。長年、相模湖の水にそれぞれの立場で関わってきた、人たちである。観光船の経営者、観光協会の役員、下水道課の職員、貯水地保全部の役人、やまめ愛護会の人、水出しコーヒーの店主、上下流交流の推進者、美女谷温泉の親父さんなど、さまざま。そして、彼等のインタビューを基に制作したインスタレーション、最初の晩餐の食卓に、12人を招待した。「水に始まり、水に終わる」、最初の晩餐ならではの光景が出現した。目の前に漠然と映っていた相模湖水が、さまざまな水の想いが織り成す生命体として、浮かび上がってきた。水を介して、人と人がつながる、WaterLinkのひとつのイメージが、ここにある。場所を特定した、小さなWaterLinkである。

 私から発する固有の水アートの流れは、IKEDA WATERと呼ぶことにしている。IKEDA WATERと命名してくれたのは、最終芸術の提唱者であった故・松澤宥さんであった。「IKEDA WATERは、世界に広がる」とは、松澤さんらしい予言だ。実は、その命名の前から、私は世界をつなぐ水を志向していた。1995年、国連50周年記念アートカレンダーが出版されることになり、世界から50人余のアーティストがノミネートされ、最終的には12人が選抜された。私は、国連 The United Nationsのもつ複雑な政治的・経済的な関係性よりも、一人一人の生活の延長でとらえられるThe United Watersを提案した。トリをとるというか、カレンダーの12月を私が担当したのは、水を通じて世界をつなぐThe United Watersのもつ明解さであろう、と思っている。

 The United Watersは、大きなWater Linkのひとつの具現化であろう。同じ1995年に、The United Watersをニューメキシコ州サンタフェの現代アートセンターの野外スペースに永久設置した。炎天下、上面全体がゆるかに凹んだブロックを造り、ひとつひとつの凹みに、世界の川の名前を捺印する作業が続いた。そして、乾燥して出来上がった約750個のブロックを、地面に隙き間なく敷き詰めた。雨が降ると、川の名前に水が溜まり、浮かび上がる。そして、更に雨が溜まると、凹みを満たし、全てのブロックが繋がっていく。世界の川と川がひとつに連なる、まさにThe United Watersのイメージの出現である。

 その頃からだろうか、死にかかっている川のことが気になってしかたない。 The United WatersというWaterLinkから見ると、たとえ末端の小さな川であっても、水質汚染が進み、ヘドロが溜まり、メタンが噴き上がっているような、末期症状を呈すると、全体に影響を与える。この延引する想像力を、「足元から地球環境をとらえるパースペクティブ」として、私はその重要性をことある度に主唱している。その思いを一層強くしたのは、2006年に、ニューヨーク州の西部に位置する南セネカ中央学校から招待された時のことだ。フィンガー・レイクスと呼ばれる11の細長い湖がある地域で、湖畔にはワイナリーが点在する、風光明美な場所である。その地域の、水質保全のパンフレットを見て、驚いた。彼等の足元の水は、眼下に広がる湖に注ぎ、そして五大湖のひとつのオンタリオ湖に流れ込む。五大湖は、世界の飲める水の5分の1を占めるので、もし足元の水を汚せば、地球の水を汚すという想像力である。この大きな想像力を養うことが、これからのアートの最重要な可能性のひとつになるにちがいない。

 最近、アートの現場に、水を使う作品に見ることが多くなった。IKEDA WATERから見ると、「水を殺すな! 水を生かせ!」がリンクの基準になる。水は、芸術文化に供する素材ではない。実際、水に絵を描いた者はいないし、水を彫刻した者もいない。水は、洪水の歴史をひもとくまでもなく、人間がきままに利用出来る物質ではなく、生命体といったほうがいい。水との共生の中で、足元から地球環境に繋がる大きな想像力を培いたい。WaterLinkが、文字通り、そのような水の想像力をリンクするフィールドとなることを、願っている。

                         2009年11月10日
                         池田一


(写真内人物、左が池田氏)

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